蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

自宅というデータ構造について(草稿)

この記事で扱う問いは、「自宅をどうすれば最大限に利用できるか?」である。

 

データ構造さえ分かってしまえば、生じた問題を潰したり、好みに合わせて改変したりが早くできる。

 

以下の用語は適当に自作したものである。

また「n個ぐらいまでは候補が絞られる」ことを「n意に」と表す。

 

貯蔵について一般に以下の4つが求められている[要出典]。

 

Location-agnostic search(場所非依存な検索)が可能:

 Gmailのメール本文内検索や、MacSpotlight検索など、「欲しいもの」を短いクエリで十意に絞れる。この機能が不十分であればあるほど、全探索して「探したけれど見つからない」という悲しい事態が発生しやすくなる。広い家、電車まであと5分、といった状況では致命的になる。

 

 ケーススタディが必要なもの: リモコン、メガネ・コンタクト類、電子機器のケーブル類、製品保証書、鍵、頻繁に使う外出服、予約チケット 

 

 保存場所を一意に固定することで検索を不要にしているケース:

  ゴミ袋、ハンガー、印鑑・カード類 

 

 どうやってこの特質を実現するかは非常に重要な研究テーマである。Personal Collectionsをデータベース化して管理するというソフトは、GCstarなど確かに存在するが、どれも十分な管理を実現しているようには思えない。バーコード読み取りで商品を全て自動登録できるようなデータベースソフトがあれば良いものだが、今のところ見つけていない。また、データベース化したところで場所自体の特定には別の技術が求められる。

 

 

Addition-tolerant space(多少の追加ができる空間の余裕):

 新しい服を買ったがワードローブにまだ入る、セールだった肉が冷蔵庫に置いておける、今日はやたらと書類をもらったが平気で処理できるなど。

 

 実際には追加してばかりだと必ず限界に突き当たるため、むしろCriteria of dropping (捨てる基準) がだいじ。断捨離断捨離。よく用いられるのは「n年使わなかったら捨てる」などのLRU(Least Recently Used)。捨てることによって、多少の追加を許す余裕を常に確保しておく。

 

 

Multi-Class Spatial Hierarchy (手が届く所には頻用するものを置く):

 クラス分けの例:

 「自分が手を動かさなくても起動できるもの」 … 一般にその数が少ない

   ショートカットキーまたは声による操作

 「自分の目の届く範囲にあるもの」… 操作は行えない

   画面、壁のポスター、机上の書類

 「自分の手の届く範囲にあるもの」 … 最も生産性の鍵となるもの

   飲物(特に冷蔵庫とコップをどこに配置するか)、ガム、参考書籍、鉛筆と紙、音楽再生機、今日の授業で手に入れた資料など、iPhone

 「立って少し歩けば手に入るもの」

   横になれるソファかベッド(ただし、寝れる椅子にするかも要検討)、洗面台、トイレ、風呂、ご飯のおかわり、干している洗濯物、今日着る洋服、ケーブル類やソフトウェアCD類

 「自宅を出ないと得られないもの」

   新鮮な空気、コンビニの新商品

 

 

  ここで、iPhoneをどこに位置づけるかは生産性の核心であるが、それは自習のときのみ問題となる論点であるため、この記事では触れない。

 

Exception Handling (例外的な事態に対応できること):

 たとえば急に親が来る、人を泊めることになるなど、予想外の入力がくることがある。その場合、家がセンサトラップだらけになっていては良くない。

 

 

 

自宅のデータ構造

 

自宅(my home)とは、1つ以上の自室を合わせたものである。この際、自室は飛び地で合っても構わない。例えば倉庫を借りてそこをワードローブにしても構わない。なお、以下では自宅は一人暮らしの自宅に限るものとする。

 

自室(my room)とは、その内部に存在するものについて、自分が追加・削除・利用の権利をほぼ全て持つ空間のことである(ただし借り物は除く)。自室の有用性は、自室自体が持つ空間上の性質(上に騒音住民が暮らしている、部屋の隅がデッドスペースになっているなど)と、空間の利用法で決まる。

 

自室の用途(The use of my room)は、以下の3つにまとめられる。

1.持って歩けないものを貯蔵する。

2.人と時間を気にせずに交友する。

3.他人の目を憚ること無く休息する。

 

自室の究極目標は、社会生活上の自分のパフォーマンスを上げるべく、準備をすることにある。なんだかどの記事もどの記事もパフォーマンスパフォーマンス言っていて、パフォーマンス厨かよと思われそうだが、一般に人間が直面する問題の多くは関数の最大化問題に帰着する[出典は人工知能の教授]。

最大化を図る中で、その問題に帰着できない側面も浮かび上がってくるだろう。

 

反論への回答:

 

「自宅で勉強することもあるのでは」

 ➜ 自宅と勉強はあまり強いセットであるようには思えない。分厚い辞書などを使うときは自宅が好まれる。

 

  自宅がないと非常に難しくなる行為は、長電話である。以前にファミレスに居る友人からSkypeがかかってきたことがあったが、数十分したところで隣の客から苦情が入った(当然だ)。不思議なもので、カフェで2人客が何時間話していても気にならないのに、一人客がずっと電話していると少なくとも日本では周りに嫌な印象を与える。

 

  また、料理も自宅がないとかなり難しい。料理好きな男友達によると、金を払えば数時間キッチンを貸してくれるような場所もあるらしいが、毎回食材を調達してそこに出向き調理して食べて帰るという用途向きでは全くないだろう。その他にも、旅行準備なども難しくなる。長電話は目的の2. 、料理は3.、旅行準備は1に該当するだろう。