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蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

価値観の共同体:大学と企業の違い

最近考えたことを書きつけておく。

大学と企業の最も顕著な違いは何だろうか?

 

大学の最大目的は新知識の創造で、企業の最大目的は利益追求だ。

もちろんどちらもそれだけではないけれど、例えば大学は新知識の創造には至らずとも体系だった知識をほぼ自力で獲得できる有能な人材を大多数創り出すという機能も担っているし、企業は利益追求の過程でいつのまにか利益が消失するような状態に入ってそれでもなお社会に価値を提供すること自体を自己目的化する、言わばある種の「いいひと」になるという事実は存在するけれど、この2つの一般名詞の中心はそれら2つだ。

 

最大目的が「新知識の創造」と「利益追求」のように異なると、一体何が異なってしまうのだろうか?

 新知識の創造をゲームの主眼に置くと、社会に与えるインパクトの大きさが度外視される特質が生じる。例えば機械学習で言えば、2か月の期間をかけることでElastic Netという手法の係数値をこれこれこういう風にしたら精度が2%向上しました、という話は基本的に大学という「価値観を共有する組織」の中では尊ばれるだろう(手放しではないが)。

実際の企業には2%の向上に2か月かけるのは機会費用が大きすぎるかもしれない。そんな数%を放ってさっさと運用させて、絶対に生じるデバッグを進めたほうが利益最大化には貢献するかもしれない。

しかし「新知識の創造」を存在意義とする団体では、デバッグなんぞ(分散環境を除けば)既にほぼ議論がされ尽くされた分野であり、そこでの新規性など何もない。

 

だから大学の研究では多く、そういう選択肢は取られない。

ここが大学の強みであり、同時に弱みでもある。

 

 なぜ弱みかと言えば、難しいものほど解けたときの評価が高いという極めて特殊な基準を支えているからだ。Elastic Netの精度最大化は、多変数の微分が中心になる上に、データの特徴による性質の変動がすさまじく、とてもじゃないがスッと考えてサラサラ解けるものではない。多くの議論と試行錯誤、点検と確認が必要になるだろう。

 

もちろん大学の基準はそれだけではなく、その研究がどれだけ後続の研究分野を生み出したのか、例えば神経計算の提唱や情報量基準の構築など、「(研究機関を主とした)社会へのインパクト」で測られることもある(インパクトファクター)。一次情報を調べていないが、情報量基準の一つであるAICを提唱した赤池教授の論文は確か世界で被引用数が多い論文首位100に入っていたはずだ。

 

だが彼の仕事は難しかった上に、意義もあったという両方の性質を備えていたとみるべきだろう。そして現状の学術論文の状態を見る限り難しかっただけで、意義がないようなものも多い。何を意義とするかは今検討の対象外とするが、僕の意見としては、重訳でノイズだらけの古びたテキストを日本語でモデル化することが将来的にどれくらいの価値を生むのか見積もらずに検討していくことは、怠惰ですらあると感じる。その解釈書の潜在読者数は何人か。それらの人の人生にどれぐらいの利益(精神的利益でもちろん構わない)をもたらすか。その解釈作業は、辞書は分厚くてめくりにくいわ古訳は分かりにくいわ先生の話は途切れ途切れだわで難しいことは間違いないが、果たしてあなたが顧客数千人の企業に勤めて彼らに確かな価値を提供することと比べてどれほどの意義があるものか

 

 

 一方で、企業のように利益追求して最高点を叩き出すことを中心にものを考えると、難しかったかどうかは正直どうでもいい新規参入困難性と模倣困難性だけは確保されていてほしいけれど、それらの多くは資源の数が限られているということに起因しており、先に取る分には難しいかどうかは問題ではない。

 

 そうすると、彼らは場合によっては大学よりも合理的かつ実用的な事業展開を行う。製品は基本的に使用者が不快に感じない程度の完成度を求められるため、まず確実に動くし継続的に使えるような基盤になることも多い(論文で書かれているプログラムが実際に動かなかったりすることはままある)。ここに、(社会的な)「新知識の創造」よりも(私利私欲のような)「利益追求」のほうが、むしろ他人に利益をもたらすという逆説の構造がある(新薬などを除く)。

 

 その代わり利益に結びつかないような基礎研究は多く度外視される(ティールのような例外もいるが)。物理の加速器って民間でも作っているのか知らないが、僕が知っているものはどれも国家からの補助金がすさまじかったはず…。長期的に大域最適解にたどり着く道を取りにくいのは企業の弱点だ。

 

まとめると、

大学:

 価値観: 新知識の創造ができたか、否か

 強み: 短期利益度外視による長期最適解の達成

 弱み: 困難と社会的貢献の混同

     達成事項の再利用が苦手

 

企業:

 価値観: 利益が保持できるか、否か

 強み: 合理的な完成度の高い製品で直接的に価値に寄与

 弱み: 短期思考

 

である。なお今回は産学連携の話は対象外とした。

ここまで書いてきて、では社会人が大学に戻ったり、あるいはその逆の理由が気になってきた。