蛍光ペンの交差点

"科学と技術に支えられ、夢を語る人になる"

『戦略がすべて』第2章感想、あるいは分析者は儲ける仕組みに関われるか

これは、まだまだ試論である。

 

「4. 「儲ける仕組み」を手に入れる ーー スター俳優の方程式」の感想

 

大ヒット漫画原作者はなぜ映画の原作者としては高給を提供されないのかを契機として、報酬額の決定要因を追究した章である。

 

先日、数年前にベンチャーを立ち上げて現在非常にイケイケな社長から「コンサルタントの仕事って聞けば聞くほど、あやしいよね。でもわかるな、自分の会社もそうだけど、あやしさがないと儲からないんだよね」という話を聞いた。

 

一瞬はて?コンサルタントというのはそんなグレーなことをしているのか?と思った。

 

だが、よくよく考えれば僕も、企業のデータをゴニャゴニャいじって賃金を貰う、という意味不明なバイトをしているので、人のことは言えないのであった。

 

 

 

その人が言っていた「あやしい」というのは、法律を犯しているという意味ではなく、提供されている付加価値がそれほど大衆化されておらず捉えどころがないうえに、不確実性が高いため本当にそれでリターンに繋がるのか(経験をしてみないと、あるいは数値的にシミュレーションをしてみないと)俄には信じがたい、ということを表していたのではないかと僕は解釈した。

 

そもそも価値があるのかが論点なのに、

手に入るかどうかも確率的にしか定まらない。

金融商品に近い性質を持っている。

 

(ちなみにその人の世界観では、その人の属している業界が特殊だったこともあるが、『戦略がすべて』にも書かれている安全策、すなわち資本装備率の高い大企業で安定的な高給を、という策は、上限が見えてしまうもの、という感覚でハナから選択肢になかったようだ。)

 

 

僕は将来、統計コンサルタント(流行りの言葉で言えばデータサイエンティスト)として仕事をしようと考えているため、その文脈で読んでいた。以下は僕自身の整理のために書いたものであり、細かな出典の確認は行なっていないので了承されたい。

 

統計コンサルタント(という仕事がほんとにあるんですよ、というところからいつも説明しないといけないレベルなのだが…)の付加価値は、依頼者の直面している統計的な問題を解決することにある。

 

なんでソリューションを統計に限るんだ、某cKや某センチュアみたいに戦略や総合力で勝負しろよと思われるかもしれないが、それは実際に使う知識を統計に限るというよりは、むしろ見つけてもらうためのラベリングに近い。実際にはアクションプランを提案することも多いし、システム構築に向かうこともこれから続けていけば何度もあるだろう。

 

統計コンサルタントという、どこか特化し過ぎな名称は、「会社組織に頼むほどではない小さな個別具体的な依頼を、分からないことをなんでも教えてくれる数学の先生のような感覚で受けますよ」というシグナリングなのだと僕は理解している(海外だと、博士課程生の統計手法の妥当性を検証するなどしている人などが多いらしい)。大きな企業ではできない落ち穂拾いをしますよ、という表明なのだと思う。

 

議論が拡散するので、以下では依頼者の問題を解決するためのベストな手法が、ほんとうに統計的なものだったと仮定して話を進める。

 

統計コンサルタント(以下「分析者」)の業務は、依頼者(統計的な問題を抱えており、多くはデータを提供する主体)と協力者と分析者である自分自身を中心に行われる。統計コンサルタントは数理的な理解に特化していることが多いため、協力者としてエンジニアが付くことが多いと理解している。そのほかにも、データの理解に必要な業務知識を依頼者が持っていない場合、協力者としてその分野の専門家が付くこともある。

 

僕が考えてみたいのは、

  • その利害局面において、分析者は『戦略がすべて』に
    出てくるような「儲ける仕組み」に関わっているか?
  • 分析者が関われるとしたら、どう関わるのが最善なのか?

ということである。

 

まず前提として、単純に数理的な問題に矮小化して解く、たとえばニューラルネットワークのパラメータの最適化を通してリコメンドエンジンの予測精度を上げる、と言ったようなことは、同書で指摘されているように学習可能なスキルとして近いうちにコモディティ化することは間違いないだろう

 

現在私は大学で開催されている機械学習の勉強会に参加しているが、「1年前までまったく機械学習やったことないです><」みたいな友人の理系生(地学専攻)が早くも予測精度で参加者内でトップクラスの精度を出しているのを見て、驚いた。本人曰く、金魚を育てるみたいで楽しいらしい。コードを見させてもらったが、今年論文で出たばかりの確率的最適化手法も普通に自分で実装していた。分析者の業務を、単なる(研究レベルではない)数理最適化と捉えると、理系修士学生が1年程度で身につけられるものに等しい。彼らは普段の研究で、それより遥かに多くの労力を投下している。

 

だから、分析者がもし儲ける仕組みに関われるとしたら、そのようなコンビニバイト的コモディティ作業ではないことは確かだ。

 

ただ、ここで少し同書とは異なる現象が生じる。

 

同書では暗黙に「コモディティスキルを磨いても儲ける仕組み側に回ることには役立てにくい(「たいていの学習可能なスキルは高報酬につながらない」、48ページ)」と仮定している。

 

 

だが、分析は性質上、儲ける仕組みに入り込みうる業務である

その顕著な例は、リコメンドエンジンである。

 

リコメンドエンジンは、「口が上手く24時間連続で働ける営業人材を格安で雇う」ようなものなので、言ってみれば儲ける仕組みそのものであるとも言える。固定でリコメンド欄を作っていた時と比べると、その欄からの流入による売上が100%以上増加(しかも元々の絶対金額もかなり大きい)みたいな話も聞いたことがある。RTB(リアルタイムビッディング)などにもその傾向がある。

 

そのような場合、増加量の何%かを分析者の収入に充てると言えば、マジで僕はいまここで大学をイグジットしてもいいんじゃないか説すら出てくる。もう科学はいい。外国で3匹のゴールデンレトリバーに囲まれながら送る余生にゴールしたい。そのような世界線があってもいいじゃないか。エンジンで15億の売上増加があったんなら、8%で1.2億貰ってもいいじゃないか*1

 

 

しかし、そのようなリスク変動型報酬を受けている分析者の話は僕は聞かない。

 

 

それは本人が誰にも言わないからかもしれない。だが、僕は違うと思う。おそらく、汎用リコメンドパッケージという競合の存在のせいだろう機械学習、その破壊的な可能性に気づいていますかみたいな感じの売り文句で会社の受付に登場して、「コピー可能な分析者」で勝負を仕掛けてくるプレイヤーがいるわけだ。優秀な分析者が作ったエンジンと比べると、彼ら汎用パッケージ集団のエンジンはまだまだ弱いし、原理的に言って今後も超えることはないと思っているが、それでも分析者の報酬のベースラインを下げることには多大に貢献しているだろう。手動で作ったときに、パッケージに比べて5%リコメンドCVRが上がったとしても、ボーナス程度の貢献にしかならないだろう。

 

ここまでの検討によると、「分析者は儲かる仕組み(規模の経済など)に無視できない影響量をおよぼすが、しかしコモディティ化の荒波にも侵食されている」とまとめられそうではある。だが、ここまでの書き方からしても分かるように、明らかにサンプル数が足りていない。

 

恐らく分析者の関わり方として宜しいのは、契約条件自体から交渉することだろう。リコメンドエンジンは分析者が関わる業務のごくごく一例に過ぎない。依頼者の状況や、協力者の関係、自身のスキルセットの特質によって、検討の価値はありそうだということまでは示唆が出た。ぼたもち先生がリスク変動型報酬で人生をイグジットして、クーバース犬だけのドッグカフェを作る未来にご期待ください。

 

 

戦略がすべて (新潮新書)

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*1:そんな高い手数料率が成立するわけないだろ、という反論は受け付けません