蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

歩き出す前に見えた地平線がおぼろげな様を、どうかずっと覚えておこう

明後日から違う街に住む。

 

生きていることの楽しさは、まったく新しい世界に飛び込んで、望んでいたものを狙い通りに得ることや、あるいは関わりたくなかった面倒事に巻き込まれることや、予想外の喜びに遭遇して立ち尽くすなかにあると思う。上京したときや、初めてLinuxに触れた時や、初めて投資の考え方に出会ったときはどれもそうだった。

 

僕が学部の4年間でもっとも感動した授業は、高校のときに抱いていた興味とはかすりもしない分野だったし、投資の世界でROIやシャープレシオといった考え方に出会ったのは、ある意味では予想外の僥倖だった。初めてのLinuxのデュアルインストールで13時間も無駄にすることになるとは思っていなかったし、100時間ぐらいかけた調査資料をゴミのように扱われる(そしてその主張を自分が心底から納得する)機会が来るとは思っていなかった。予想はタイにもなるが、マイナスにもプラスにもズレて、総じて僕の場合、事前の予想よりも豊かになる。今回はどうだろうか。

 

予期していることはいくつかある。狙っていることも、あわよくば掴もうと思っている機会も存在する。でも実際には、思いもよらなかったようなトラブルで泣きたくなるような日々を過ごしたり、20数年生きてきてさんざ広げてきたはずの思考空間のどこにもない文化や価値観に新大陸発見されることもあるだろう。不確実性を乗りこなすなどとはとても言えない。僕の性格では不格好に踊らされるが関の山だろう。それで構わない。したり顔の満足気で居たいのなら、そのまま同じ街で先輩風を吹かせていればよかった。

 

いま自分が精一杯に目を凝らして見える、それでもおぼろげな地平線のことを、よく覚えておこうと思う。きっと来年再来年には、くっきりはっきり悲喜こもごもな世界になっているだろう。おぼろげな足場でも向かうと決めたときのことを覚えておこう。環境が敵意をなくすまで、そしてその後も。勇気の話である。