蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

書評:"How to Fail at Almost Everything and Still Win Big"


"How to fail at almost everything and still win big" という本を読んだ。

 

 

How to Fail at Almost Everything and Still Win Big: Kind of the Story of My Life

How to Fail at Almost Everything and Still Win Big: Kind of the Story of My Life

 

 

 

著者のスコット・アダムズは銀行員を8年勤めたあと電話会社で経理系の仕事を更に8年勤め、そして最後は専業の風刺漫画家になりほぼ億万長者暮らし、という特殊な経歴の持ち主だ。今年読んだ本の中でほぼ間違いなくベスト5に入るだろう。


まずこの本で最初に目を引くのは、Introductionに含まれる The Six Filters for Truth (真理に向かうための6つの情報源)という節だろう。エッセイにこんなイントロが入っている事自体が珍しく、著者が変わった本を書こうとしていることが伝わってくる。その6つとして個人経験、他人の経験談、専門家、科学的研究、常識、パターン認識が挙げられる。そのうえで著者はこう話す。

"In our messy, flawed lives, the nearest we can get to truth is consistency. Consistency is the bedrock of the scientific method. Scientists creep up on the truth by performing controlled experiments and attempting to observe consistent results. In your everyday, nonscientist life you do the same thing, but it's not as impressive, nor as reliable."

bedrock: 根本(原理)、基礎的事実、solid foundation
creep up: 徐々に上がる

(拙訳:私たちのごちゃごちゃしていて欠陥だらけの日常生活の中で、真理に最も近づくための原理は一貫性である。一貫性は科学的手法の根本原理だ。科学者たちは変数の統制された実験を繰り返して、一貫した結果を観察することで真実に徐々に上り詰めていく。日常生活の中でも、科学者でなくても同じことをする。実験ほど信用も感動もできないものだが)

 

"When seeking truth, your best bet is to look for confirmation on at least two of the dimensions I listed. For example, if a study indicates that eating nothing but chocolate cake is an excellent way to lose weight, but your friend who tries the diet just keeps getting fatter, you have two dimensions out of agreement. (Three if you count common sense.) That's a lack of consistency."

(拙訳:真実を探すとき、最善策は少なくとも私が上げた6つのうち2つで確認を取ることだろう。例えばある研究がチョコレートケーキだけを食べるのが減量するのに最適だと示したとする。でもあなたの友人がそれを試したら体重が増加するばかりだった。2つ(常識を入れれば3つ)の次元が一致していない。一貫性の欠如だ。)


経験談の著者は「これは自分の経験だから君に本当に役立つかは…」という注意書きを添えることが多い。上記の言明はその警告の一般化だと考えて良いだろう。

 

この6つを相互に監視させる思考原理こそが、著者がいかにして大卒出身者が一人もいないニューヨーク州の高校から、リストを眺めるだけでゾッとするほどの大量の失敗を重ねながら、およそ20年を経てそこそこの億万長者にまで上り詰めたのか、その基礎的な過程の一つになっているように読んでいて感じた。ちなみに著者は風刺作家であるだけあって、失敗談を非常に humorous に描いていて笑える。特に ニューヨークでブリザードに巻き込まれた話、大学をどう決めたかという話は非常に印象深いエピソードだった。

 

そしてこの consistency という考え方は、著者の他の主張も補強している。著者は Goals are for losers (ゴールは敗者のものだ)という主張を6章(Goals versus Systems)で行うが、これだけでは何を言いたいのか不明だ。だが consistency から考えると納得しやすい。彼にとっては、 goal という言葉が前提とする "nearly continuous failure that they hope will be temporary" -> achievement という基礎構造が、consistent に失敗するための構造に見えている。「個人経験」、「他人の経験談」がこれを補強し、「常識」がこれに逆らっているということだろう。2対1が単純すぎるというなら適当に係数をかければいい。

 

一方で彼は system の利点を説く。

"For our purposes, let's say a goal is a specific objective that you either achieve or don't sometime in the future. A system is something you do on a regular basis that increases your odds of happiness in the long run. If you do something every day, it's a system. If you're waiting to achieve it someday in the future, it's a goal."

(拙訳:この本の中では、ゴール(goal)とは将来いつかあなたが達成するかしないかする特定の目標だと定義することにしよう。システム(system)は、長期的に見て幸福になれる公算を高めるために、定期的にあなたが行う何かだ。毎日何かをするならそれはsystemだ。将来何かを成し遂げたいと思うならそれはgoalだ。)

 

"The system-versus-goals model can be applied to most human endeavours. In the world of dieting, losing twenty pound is a goal, but eating right is a system. In the exercise realm, running a marathon in under four hours is a goal, but exercising daily is a system. In business, making a million dollars is a goal, but being a serial entrepreneur is a system."

(拙訳:システム対ゴールという観念の模型は多くの活動にあてはまる。減量なら、9キロ痩せるのはゴールで、正しい食事を取るのはシステムだ。運動なら、マラソンでサブ4を達成するのがゴールで、日々運動するのがシステム。ビジネスなら、億万長者になるのがゴールで、連続起業家であり続けるのがシステムだ。)

 

"All I'm suggesting is that thinking of goals and systems as very different concepts has power. Goal-oriented people exist in a state of continuous presuccess failure at best, and permanent failure at worst if things never work out. Systems people succeed every time they apply their systems, in the sense that they did what they intended to do. The goals people are fighting the feeling of discouragement at each turn. The systems people are feeling good every time they apply their system."

(拙訳:私がおすすめしているのは、ゴールとシステムは非常に異なる概念なんだと考えることで、日々の活力を得ることだ。ゴールに拘る人は、上手く行ったとしても成功前は長いあいだ持続的な失敗の状態であり続け、失敗したらずっと敗者だ。システムを採用する人々は、そのシステムの活動をするたびに、狙ったことを達成したという意味では成功ということになる。ゴールを採用する人々は毎回の活動で嫌な気持ちと戦っている。システムを採用する人々は毎回の活動で良い気持ちを得ている。)

 

人間が前向きに生活を続けていく上では、幸せな感覚の総合時間よりも頻度のほうが大切だという話を聞いたことがあるが、この「成功するためのシステム」という世界観に通じるものがある。彼はその後の章で、各人が作った 「成功するためのsystem」 を運用し、改善するためにどのような論点があるか?を延べていく。その中でも Simplifiers (単純なシステムを好む人)である著者と Optimizers (最適なシステムを好む人)である著者の配偶者という対立は非常に面白かった。


この本とぜひ併読して読み返したいのは、村上春樹の『職業としての小説家』というエッセイである。 

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

 

村上春樹は、人生の後半ほぼ全てを書けて「長編小説を書くためのシステム」を自身の生活様式として Optimize した人物である。同書中では村上が爆発的に売れる長編小説を立て続けに出すために、どのようにして「長編小説を書き上げるためのシステム」なるものを作り上げたのか、そしてそのシステムとやらは彼の中でどのような意味を持ったものなのかが語られる。彼は異常なまでに規則正しい生活を送っていることで有名だ。「システム」(村上の本では「ヴィークル」と呼ばれることが多い気がする)は村上の本ではほとんど唐突に登場するのに対し、How to fail...ではGoals versus Systemsの章で上述のようにかなり詳細に定義されて登場する。面白いのは、僕が『職業としての小説家』を読んで感じていた疑問、「システム」に関する疑問をHow to fail...の定義の章が氷解してくれたことだ。村上も元はジャズ喫茶店長を長く勤めていたところから最終的に専業作家になったという経歴を持つが、これらの本は成功率の低いアート系の職業でいかに成功するかについて示唆を与えるだろう。How to fail...のほうでは成功率の低い職業を起業まで広げて書いている。

 


さて引用から離れて総感を書く。あまり上手く言葉にできないのだが、「世界のどこで何をしている無名の人でも、学歴関係なしにたまに「この人は人として見事だ」と思うような感覚を抱く人が存在する。彼らは何故そうなれたのか?」というのが僕の気になっていたことだ。

 

無名であればあるほど、「勝ち組」のネットワークや資源(クローズドコミュニティや東京を思い浮かべてもらえればよい)からは遠ざかり、目の前にある2流の資源やネットワークで何とかするしかなくなる。しかしそれらの資源の使い方がかくも見事で、また小さな挫折の10や20では怯まず、辛抱強く成功に結びつける。ネットワークと資源に正の係数を付けた単純な線形回帰モデルでは説明できない、これらの「しぶとい」人たちは、一体何を考えているのか?というところだった。

 

著者スコット・アダムズはそのような人の一例だったように思う。特徴としては、optimisticであること、自己の知識を確固として認識していること(たとえ科学的知識と異なる場合であっても -- これは途中の章で説明される)、特定の良い習慣が身についており緩まないこと、多くの新しいことを試すこと、他人と自分を比較することが滅多にないことなどだろう。本書は、その思考が垣間見られる良書だった。