蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

21世紀を生きてみて:生産性と仲良くする

 

歯磨きのような思考で述べたように、同じ話を何度も何度も何度も何度も何度も考えることには時に大切な意義がある。今回の話は、内容的には2年前に書いた專攻分野が決まらない高校生への計算機科学のすすめを一般化したものになる。

 

私はこれまで、多くの人にプログラミングを学ぶように語ってきた。それは、かつて中国の歴史書に登場する「塩」の時代変遷を追うだけで十年分の研究になったものが、今では位置の特定は十秒、全ての過程をこなしたとしても恐らく1年は超えないで、同質あるいはそれ以上の成果を出せてしまうだろう現代の魔法を身につけて、より効率の良いアプローチを採用してほしいと思っていたからだ(楽しいとか、そういう理由ではない)。

 

しかし幾つかの実社会組織で働いてみて、魔法らしきプログラミングの更に背後にあるのは、もっと大きな流れであることを強く自覚するようになった。

 

それは生産性改善の流れである。

 

 As Karl Marx and Friedrich Engels saw clearly, the 19th-century business class

    

     created more massive and more colossal productive forces than all preceding generations together. Subjection of Nature's forces to man, machinery, application of chemistry to industry and agriculture, steam-navigation, railways, electric telegraphs, clearing of whole continents for cultivation, canalisation of rivers, whole populations conjured out of the ground -- what earlier centry had even a presentiment that such productive forces slumbered in the lap of social labor?

 

(拙訳:カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスがはっきりと目撃していたように、19世紀の資本家階級は「全ての過去世代を総合したよりも遥かに莫大な生産性を創出した。自然力の支配、機械、工業や農業への化学の応用、蒸気船による航海、鉄道、電信、全大陸の耕地化、運河の開拓、大量の人口ーー労働者階級の中にそんな生産性が眠っていたなんて、どの過去世代も前兆すら感じることができなかった」)


(出典:『ゼロトゥワン』6章内で引用された『共産党宣言』の一節)


(注:ちなみに上の段落は6章で出て来るが、7章で出てくる指数関数の性質ーー「いちばん大きな地震は、それ以前の地震すべてを合わせたものよりも大きい」「いちばん大きなリターンはフェイスブックから来て、他の投資先全てを総合したよりも大きかった」というパターンの伏線になっている)

 

すごく乱暴に言えば、プログラマは資本家階級を模倣している。つまりコンピュータが労働者階級で、その労働者たちがmassiveでcolossalな生産性を持つように、プログラムという労働者たちにとっての「制度」を作り上げることで、「全ての過去世代を総合したよりも遥かに莫大な生産性」を創出することに成功した。シンギュラリティはその入れ子が3段になるだろうという予想で、まあプログラマとして働いてみた経験からするとほぼ間違いなくそれは実現しない。ただ、その入れ子構造は単に歴史の大きな趨勢の副産物に過ぎない。3段にならないことは、このトレンドにはほぼ影響しないだろう。

 

マルクスたちが100年以上前に書いた表現が、そのまま2017年の現代を表現できるのは偶然ではない。生産性のギネス記録更新はまだ終わっていない。21世紀の我々は、彼らが経験したプロセスの最中にまだ生きている。

 

 『ゼロトゥワン』の作者、ピーター・ティールはテクノロジーをdo more with lessを可能にするものと定義した。「労働者階級の中にそんな生産性が眠っていたなんて、どの過去世代も前兆すら感じることができなかった」とあるように、同じもの、あるいはそれより少ないものを使って過去以上の成果を出すことが根本的には生産性改善だろう。

 

ただ私が思う生産性との付き合い方は、もう少し庶民的な感覚に基づいたものである。

それは以下の2本立てからなる。

 

原則1.do more with less を志向する

原則2.安定性を味わう

 

プログラミングを学ぶとよい、という話は原則1に当てはまる。それに限らずイノベーションと呼ばれるものや発明と呼ばれるものはどれもここに入るだろう。特殊なチームを組んで、専門知識の組み合わせで良い製品を作るのもそうだ。

 

原則2は、もっと人間的な話である。足るを知る、という表現が多少近いが、すこし違う。それは逆説的に、do more with lessには役立ちそうにないものを、しかしdo more with lessするという禅問答のような話である。仕事場というより私的な場での意味合いが強いだろう。

 

生産性の指数関数的な伸びが存命中に終わるとは私には到底思えない。私たちの成果は次々に次世代によって更新され、過去の遺物となっていく。それはy軸を生産性で取ったときには喜ばしい結果ではあるかもしれないが、その更新が終わらないことを考えるとそうとも言えない。人間的な表現で言ってしまえば疲れるプロセスである。我々は常に圧勝しては惨敗していく日々をこれから送るのだ。しかも学ばなければ惨敗しかない日々になる可能性すら十分にある。

 

我々は変化していく世界のなかで、不易なものに価値を見出すことだろう。資本家階級であれ、労働者階級であれ、コンピュータであれ、不安定な状態では高い生産性の前提を長く満たさない。つまり、そういう戦い方もあるという話である。