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蛍光ペンの交差点[別館]

"どの点に関心をもつべきか ―をわれわれが学びとるのは,もっぱら仮説からだけである"

やりたいことはありますか

人生でやりたいことが明確に決まっている、というと大なり小なり驚かれることが多い。僕の世代の人々は学生であれ社会人であれ自分のやりたいことを持っていない人が多いからだろう。

 

ただ残念ながら僕は子どものときから一つの夢を追いかけているようなビリーバーではないし、今やりたいことだって今後も変わらないとは限らない。僕のやりたいことが決まっている理由はどちらかというと今後の決断に安定感を持たせる意味合いが強く、その意味でとても冷めている。情熱のなかで夢中になれる人はそれはそれで羨ましいと思う。ただし、全く熱意がないかと言うと、そうでもない。

 

僕にとって「やりたいこと」とは集合名詞であり、構造としては優先度付きキューにとても近い。

 

もうすこし具体的にたとえて言えば、「やりたいこと」という言葉を聞いたとき、病院の待合室のような風景が思い浮かぶ。その待合室にはいくつかの「目的さん」たちが座っていて、彼らにはそれぞれ背番号のような数字が割り振られている。待合室の管理者は、もっとも数字が高いものを最優先して診察室に向かわせる。呼びだされた「目的さん」は向かった診察室で、はたして実現可能なのか、何年ぐらいかかりそうなのか、初手として何をすべきかをいろいろと調べられる。

 

優先度付きキューなので、最後に待合室に入ってきた「目的さん」であっても、その数字が高ければ最優先で診察室に向かう。

 

僕にとって今の夢は、その数字がいま自分の中で最も高いものにすぎない。

 

数えたことは無いが、おそらく待合室には20から30程度の患者が座っている。僕は怠惰なのでほんとのことを言うとずっと部屋で寝ていたいのだが、そいつを診察室に入れると一生何もしないままなので8時間以外は静かにしている。

 

この待合室は僕が息を引き取るまで空になることはないだろうし、その意味でやりたいことは生涯なくならないだろうと思っている。数カ月後からはまた生活環境が変わる。診察が必要な数はまた増えるだろう。