『戦略がすべて』第5節の感想:最適戦略とプレイスタイルから見える性格
『戦略がすべて』を少しずつ読み進めている。
前回書いた第4節(単なる熟達ではない要因によって可能になる高額報酬について)に続く第5節では、実はロールプレイングゲームのなかに適切な経営戦略のヒントが隠れていると論じられている。
僕はゲームの非効率さ、たとえばロード時間や時間をかけるだけのレベル上げが大嫌いであるため、正直に言ってしまうとテレビゲームやスマホゲームの類は大嫌いなのだが、ファイナルファンタジーを1〜12(2と11は除く)を全クリした程度にはプレイ経験があり、作ったミニゲームが小さな賞を取ったこともある程度にはゲームのメカニズムに触れてきた。
しかしその程度のゲーマーからすると、RPGのなかに資本主義社会の要素が含まれているという著者の考え方は新鮮だった。僕は単なる時間つぶしや交流の手段としか捉えていなかった。ドワンゴの川上社長などTRPGを重視する人は聞いたことがあるが、RPGに経営とのつながりを見出している人は初めて見た。
この記事では、当該書では言及されていないが、僕が昔から気になっているRPGの2つの要素について考えてみたい。それは、
- 強い武器を買ったのにパーティーが非効率になってしまうケース
- 盗賊の「盗む」コマンド
の2つである。1つ目は書いていないというより、「新しい装備を導入した直後は一時的に効率が低下する」(p.60)と簡潔に述べられているので、もう少し詳しく考えてみたい。
1つ目について。ターン制の戦闘RPGをやったことがある人なら誰しも経験があるだろうが、ザコ戦において「攻撃1発で / 2発でギリギリ確実に倒せる敵」というのが最も都合が良い。攻撃というのは現れた敵の数を0に近づける行為であり、こちら側が1ターンに出せる火力を無駄なく出すことが最も速く敵の数を0にする方法である行為であるため、「ちょうど倒れる」ことが部分最適解が全体最適解に一致するという点で理想的な現象である。
問題は、強い武器を買った直後はこのバランスが崩れてしまうことだ。50ダメージを与える武器Aと、85ダメージを与える武器Bで倒れていたHP130の敵Eが居たとする。このとき賢明な設備投資により、武器Bを105ダメージを与えられる武器Cに変えたとすると、武器AとCでの合計ダメージが155となり、25ダメージの余分が生じる。
この瞬間、攻撃対象をゼロベースで再考する必要性が生じる。考えるべきケースは以下の2つだ。
(1)3人メンバーの戦闘システムだったとして、「ダメージ30を与えられる別の武器D」を持っている仲間では微妙に倒せなかった敵が、50ダメージを与えられる武器Aでは1ターン目で倒せるかもしれない。そうすると武器Dと武器Cで135ダメージを与えて敵Eを倒せば、武器Aの余剰火力が活かせるかもしれない。これは、設備投資が明確に活きた良いケースである。問題は次の(2)だ。
(2)武器Dが既に一体倒せるだけの十分な火力があったり、武器Cを加えたところで倒せる敵が変わらなかった場合。この場合は実は設備投資の時期を遅らせて、あとあと更に強力な武器を買ったほうがよかったのではないかという選択肢が生じる。買った直後におニューな武器を揃えた武器屋が登場したときのショックなど、サンクコストから来る悲しみは計り知れない。ここに非効率が生じる。
実際にはこれらに加えて、出現する敵はそれぞれプロジェクトベースで「今回は主人公のHPを30削るぞ!」などとKPI (Key Performance Indicator)を設定した上でさまざまな布陣で臨んでくるから、ここにおいて武器を変えたあとの攻撃対象は組み合わせ最適化の様相を呈する。
なんということか。
ファイナルファンタジーは組合せ最適化問題を解くゲームだったのか。
敵がどんな布陣で臨んできても瞬殺する数理的な直観力を身に付けた少年少女は、企業の在庫管理や仕入量最適化において抜群の成果を上げるに違いない。なんということか。ファイナルファンタジーは社員教育であったのだ。
ナップサック問題はNP困難(無理矢理簡単にいえば、数が多くなれば量子コンピュータが実現されたとしても最適に解くのが難しい問題)であることが知られているが、ゲームのプレイヤーは「そこそこいい戦略」でテンポよく敵を倒していくことを求められる。そうしないと今日の晩ごはんに間に合わないからだ。ここで、数理的な最適解以上に、他の制約条件に沿う現実的な解の大切さを自然に学んでいく。
続いて、(2)のぬすむに関する話題である。
スクウェア(現スクウェア・エニックス)が製作開発をしているRPG『ファイナルファンタジー』シリーズでは、敵からアイテムを盗むことを特技とするキャラクターが多く登場する。
FF4のエッジ、FF6のロック、9のジタン、10のリュックなどなど。5や7や8では特定のキャラではなく、付け外し可能な特殊技能として「ぬすむ」コマンドが用意されている(8では「ぶんどる」)。ファイナルファンタジーのバトルシステムを支えている仕組みの一つであると言えるだろう。敵からぬすめるアイテムには市販されていないようなレアアイテムも存在しており、序盤で協力な武器を手に入れるとその後の戦闘を有利に進めることができる。
しかし僕は、このぬすむコマンドを使って一周目のストーリーを進めた覚えがまるでない。
昔のことだから単に覚えていないだけなのかもしれないが、ここではロード時間の短さを基準にプレイするRPGを選ぶようなユーザーは、ぬすむコマンドを使ってプレイすることがないと一般化して話を進めてみる。もっと踏み込んで解釈すれば、既存の有名どころのRPGではぬすむというゲームシステムによって楽しませることに失敗しているユーザーが居ると言えるかもしれない。
どうして僕はぬすむを使わなかったのか。
思い出せる限り、僕がぬすむを使っていたシーンが2つある。
ひとつはFF4のオマケ要素である、月の地下渓谷B5Fに出現するプリンプリンセスを出現させるためのアイテム(「アラーム」)を集めていたとき(このアイテムはエッジにぬすませることで効率よく集められる)。プリンプリンセスは他では手に入らない最強装備を落としてくれるモンスターであるため、数十回のリセットを繰り替えして倒し続けていた覚えがある。
もう一つは、FF5でギルガメッシュという敵キャラクターから盗んでいたときだ。こいつはゲーム中で複数回登場するが、攻略本によると強力な防具である「げんじのこて」や「げんじのかぶと」シリーズを落としてくれるというので、登場したらひたすら盗ませていた。ここでは、「攻略本で知っていたから行動が変わった」という情報構造が働いている。プリンプリンセスもそうだった。誰があんなB5Fで急にアラームを鳴らすのだ。
すなわち僕は、「ぬすむ」という不確実な行動に対して明確かつ高いリターンが見込めるときにのみ、そのアクションを実行していたということになるようだ。一方で、僕の知人は「ぬすむ」をひたすらいろんな敵に実行することが好きだった。知人にとってゲームは世界観を味わうためのインターフェイスであり、どういうモンスターがどういうアイテムを持っているのかは、たとえ100回に1回良いアイテムが手に入るだけでも、プレイ時間を引き延ばすことにつながるため、リターンの高い投資だったのだ。
こう考えると、心理学や性格診断よりも、RPGのプレイログにこそユーザーの正確が如実に現れるのではないだろうか。
将来のマーケティング担当者は、開示していないプライベートな情報ではなく、あなたがゲームをプレイしている姿を見てマーケ戦略を決めているかもしれない。
おしまい